★★音楽ノート★★

〇私が音楽の指導をするようになって半世紀が過ぎようとしています。私の原点は、鮮烈な中学校時代の音楽の授業にあります。私の教員人生も終盤を迎えた頃、やはり最後に行き着くのはこのときの原点なのだと思っています。どの子も、歌うことは大好きです。ではなぜ、歌を嫌いになったり、歌わなくなったりする子どもが出現してくるのでしょうか。なぜ音楽の授業に合唱が必要なのか…。36年間の教師生活の中で私が悩み、考え、そして実践してきたことを紹介します。みんな音楽が大好きになる授業を実現するために、先生方の指導のヒントになれば幸いです。          (音楽之友社 発刊 「ヤスシゲ先生の合唱メソード」より )

〇人間の最高の目的は霊性を高めることである。

 

指揮者の色=言葉のディクションに出る。それが会場とのキャッチボールにつながる。指揮者の顔?を団員がどう感じて音色を出すか。

⚪演奏会のスタンスを変える

    この頃はチョコレートや飲み屋、いろいろな製品手作り感がつまったものが多い。何千人のライブハウスでさえも、その人たちの姿が存分に出るからCDと同じ歌を聴いても感動するし、涙もでる。この歳になって考えるに、演奏会って定期演奏会でも何でも、その人たちの魅力が出ないとダメなんじゃないか。肩肘張った演奏会というよりも、その人たちの姿や指導者の考え、普段の練習の様子が多くの場面に出て、本当に✨という姿が出るのが客席とのキャッチボールになるのだと思う。とすれば、最初から最後までプロが演奏会を他人事で歌うという感じではなくてもいいはず。これって、全然違うスタンスもありということ?。演奏会はこうあらねばならぬ、なんて事はアマチュアにはないはずで、そこのところをとことんつきつめたい。団員紹介入ってもいいし、アドリブが入ってもいい。もちろん会場面々と盛り上がる場面もあっていい。本当に楽しめる演奏会を✨例えば、司会を全て団員や指導者がお話を交えてやってもいいし、客席とのキャッチボールがすぐにできるならどういう方法を取ったっていいわけ。おもてなしとはそういうものかもしれない✨プログラムに書いてあるからいい。という既成概念ではなく、プログラムもユニークに。本当に手作りの演奏会はそれだけで素敵である❗

 

〇運動性音痴
運動性音痴とは、出す音はわかっているけどその音を出すことができないタイプです。声を出す部分が弱いので、発声法や呼吸法、歌い方などを見直すことで改善します。自分が音痴だとわかる人や音程が外れたことがわかる人はこのタイプです。
感覚性音痴
自分が出すべき音がわからないタイプです。感覚性音痴の人は、曲を聴いても自分が出すべき音やリズムがわかりません。また、主に聴く部分が弱いので、自分で音が外れているかわからないのも特徴です。誰かに言われて音痴だとわかった人や、自分が音痴だという自覚がない人。このタイプは歌う前に、聴く耳を鍛えることから始めましょう。音程のイメージが掴めるようになるまで、訓練が必要なため運動性音痴よりも直す時間がかかる傾向にあります。とは言っても、どちらの音痴もしっかり練習すれば直すことは可能です。
⚪音程を合わせるコツ
身振りをつける
身振りをすると音程が取れるようになります。歌についても同じで、だからこそ、イメージすることが大切になるわけです。
音が高い時は上の方に、音が低い時は下の方に手を動かす。そんな風に、手でメロディーラインを描く自分が出すべき音をイメージできます。
自分の出せる音域を知る
やはり、自分が出せる音域を知って歌いやすい曲を知っておくことは大切です。かの有名な孫氏の代表的な言葉に「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という言葉があります。相手と自分のことを知っていれば、失敗することはないという意味です。この場合で言うと、相手は歌う曲で自分とは自分の技量と言えるでしょう。自分の出せる音域を知っていて、歌う曲の音域を知っていれば、声が出ないことはない。

⚪うた
 世界中にいろいろ歌はたくさんあるが、自分達の歌はひとつだけ。ただ一つの歌を創りあげよう。それが、本当の『一心』でもある。
『一心』の意味は!皆の心を一つにする。という意味の他に『一途に心を込める』という意味もある。『会場がひとつになる』という意味もある。
⚪人間力=文化=音楽のあり方
同じことを示したり言ったりしても、聞く耳持たなかったり、影響力に差がでたり。それはその先生の『人間力』に差があるから。逆にも『人間学』がこれからの学問として大切だ。それを教えてくれる大学はない。同じスキルをやってもその人がやるからできる。音楽になる。
⚪合唱は文化
講座がどんどん進められていきます。
いわゆるハウツー物ではなく、広い視野にみんなを誘っていきます。まるで、「合唱人よ。文化人であれ!」と。

ベテラン合唱団
世代を繋ぐ時空。
合唱芸術の深みを目の当たりにして、息を呑む受講生たち。
「みなさんもいつかはこの歳になります。合唱芸術を生涯の友として、共に進みましょう。」という栗山先生からのメッセージが時空を満たしました。
〇先生の指揮法レッスンの部屋
私は、「指揮通りに」弾かれるピアノにニヤニヤ(笑)してしまいましたが、楽譜から感じることも、感じたもの伝えることも、難しいですね。見学者の「指揮者でこんなに変わるんだー」というピュアな感想も。
「⚪⚪⚪」最後のイベントは、アンサンブル発表会でした。
指定の曲を食事の後の休憩時間に練習をして、発表するのです。
チーム練習と発表会は私も当然参加です。若い人に交じって歌いました。
〇皆様へアットホーム『仲の良い』が一番
これからの「⚪⚪⚪」
アットホームで、すばらしい。そして、みんな仲良くなって、伸び伸びとコミュニケーション出来ます。
私は、栗山先生の話される音楽樹の精神にいつも癒され、自分の足取りを確かめることが出来ます。
彼は、近未来、プロとアマチュアが協同し、刺激し合い、いずれは境目がなくなってくのだ・・・と未来を予測されます。そしてその現象はもう始まっていると・・・。
その未来を目指して、自信を持って迷いなく自分の在り方をチョイスしていけばいいのだ!と。
⚪ なんで感動が得るかというと、その人間がいるから。その人と一緒に歌える空間が大事なんだと思います。おなじことを違う人と歌ってもだめなんだよなぁ。時の流れって大事なんだとつくずく思う🎵

○ 麦藁帽子  音の一つ一つを光の粒のように創って音楽を進めていくと『愛』が表現されていく。

喜びを与える人は何かがちがう。それは、雰囲気。働いている雰囲気で全てが違ってしまう。その奥に隠されているものは、半端なイ努力とひらめきと、その場にいる自信‼️喜びをあたえる指導者に早くなりたい\(^^)/

⚪日本語の音符の裏に隠された感情をどのように表現していくか✨指揮ももちろん含めて🎵そしてそこにみあった発声を倍音構成を‼️

⚪3月で5中合唱部をやめて、でもいまだにあの子達を絶ち切れない自分がいる。教員という守られた世界で音楽を教えていたが、プロの世界は本当に厳しい。音楽室で待っていれば子供が来る世界ではない。一回一回『来てよかった。楽しかった。感動した。学んだ。喜びを味わった。』ということを経験させない限り次の仕事はない。
 だからこそ、一回一回の人達を5中のみんなを愛したようにこちらから愛していかなければ音楽は成立していかない。お金をもらうとかいう問題ではなく、プロとはその精神性の違いだった。自分の合唱団員がいてくれるだけ私は幸せだ。もちろん彼らとも家族同様の付き合いいかたをしたい。五中合唱部にそうしてきたように。
 そしてもっと音楽の喜びを伝えられるように自分は努力しよう。と思う。

〇審査委員をやってみてわかったこと

 審査委員はいそがしい。8分の間に、合唱を見て、聴いて、楽譜を見て、講評を書いて、順位(点数をつけて)をつけなければいかないのが実情。ということは全体よりも一瞬の合唱の密度で判断されることが多い。

ある意味アバウトなもの。音程intonation25、 リズム感rhythm sens25、 演奏解釈(様式感)Interpretation Fidelity to score25、 発声および声のブレンドSound quality Blendiog of the voices25、 芸術点Artistic Impression100…200点満点でつける。

〇 レガートにするために有効な練習方法

 右手のひらを口の前5センチに持っていき、母音唱で手にずっと息が当たっているように歌うこと。

〇(三善さん) 同じ一つのC()CEG(ドミソ)、ACE(ラドミ)、FAC(ファラド)、そしてCEsG(ドミソ)、AsCEsラドミ)、FAsC(ファラド)のC(ド)でもあるなんて!その度に、世界が変わる、世界の色が変わる!感触が、感情が、物語が、仕掛けが。それに一つ一つ自分で気付くこと。どこにも書いていなく、誰も教えてくれないこと。大袈裟に言えば、世界の秘密を自分で発見すること。その手掛かり、聴かせてあげたかったんです。

〇関東甲信越に向けて最後の調整。関東以上は音楽性の勝負。他の団体とどこが違うかがわかる演奏を🎵ぜひしてもらいたい✨といっても大宮ソニック。一階席には全てが聴こえたり見えたりする。だからこそとも言えるのたが🎵

⚪母音唱で歌う人が数名いてもいい。なぜなら、子音とレガートは相反するものであるから。

⚪そこから二十余年、当然みなさまそれなりのお年に。しかし、この合唱団にしか出せない音色、があります。それは、年齢的にそこに到達したら出せるとかいうものではなくて、先生と同じ時を、歌とともに真剣に生きてきた証であると。そんな合唱団を目指したい。

○感心と感動は違う。上手な合唱は感心はするが、感動はしない。感動とは心が動くとかく。人の人生に触れ、自分の人生と寄り添った時にそれは起こる。愛する仲間達がいる幸せ。そんなノアを目指していきたいと思います。 

○人生なんですよ。10年~20年たった自分を思うとき。歌える仲間がいる自分を考えられますか? 

 ○つくずく思うのは、合唱は人なんだなあということです。上手い下手ではなく、団員メンバーの人そのものがどういう人であるか。もっと言うなら仲間です!10年たったノアの仲間は凄く大事。学校というところはだいたい3年で別れていく。何てったって人の価値はその人の人生なんだから。我が祖国を愛する思いでアンコール。

主観音 

 オクターブあげた音や下げた音で自分の音をとる事

秋を満喫して、音楽を楽しむことが、一番大事です

〇やさしさを持った人は それ以上の悲しみを持っている

〇決意とは いかなる困難も受け入れることである

〇成長しようとしている人だけが 壁を感じる

〇出る杭は打たれるが 出過ぎた杭はだれも打てない。出ない杭、出ようとしない杭は居心地は良いが そのうちに腐る

〇努力して 後悔をした人を見たことがない。

 練習して下手になる人もいない。

 勉強して馬鹿になる人もいない。

 何かをして変わった人はいても 何もしないで変わった人はいない。

⚪エスプリなくして演奏をしてはいけない。演奏会はもちろん、普段の練習でさえも必ず一回一回エスプリを見いだしてから指導にあたらなければならない。エスプリとは楽譜から読み取れる様々な事象や発声のすべてである。

⚪作品にどう迫るか。

⚪リズム 『みんなでどうぞ』

で叩かせておいて、特殊なリズムを指導者が打つ❗次に強弱は上から下までクレッシェンド 、デクレッシェンド。法則は、①周りをよく見ること②みんなで合わせること

⚪楽譜の記号の外面だけみるのではダメ。なぜそうしたのかを発見したり、その哲学的な歌いかたを考え教えていかなければならない✨

⚪復元力って、その一つ一つの言葉をディクションとしてどう表現するかを示すためにある言葉。音楽そのものと本当に深い関係にある。フレーズひとつにその素晴らしさを表現できるかどうかで芸術的な歌を歌える団体かどうかがわかる。ストイックである世界でもあり、限りないし、その一つで全てがわかり、命をかけるものである。それが栗山先生がいったロマン派の精神性かもしれない。そう考えると、コンクールをばかにする意図も、他の団体と比較する虚しさも、全て合点がいく。問題は楽曲のディクションと向き合う自分自身にある。それが音楽である。

そうなったときの団体や人は、眼が違う。

音楽(芸術)と向き合うとはそういうことかもしれない。だから、限りがないしこれでいいというところもない。ひたすらな道なのかもしれない。

⚪発声機構、ハーモニーできる響き、呼吸、そしてロマン派にみられる言葉のディクションへの音色を示そうとしたとき時間は際限なき芸術となり飛来する。やめられない面白さは生涯続くのだ。

〇こども、若者、そして豊かにうたう人生を紡いできた人たち。世代を越えて。

⚪歌のディクションは助詞できまる‼️助詞が流れないように、そして音価を示せるように🎵これは、日本語も外国語も一緒。

⚪TBSは声と音律(音程のピッチの響き)で決まっている🎵東日本最優秀のラジオ

⚪GAHCの時にファルセットに。喉にかかっていては絶対によい音律にはならない✨

⚪修辞学レトリック

まずは、フィグーラの形の種類

①フィペルボエ.....言葉の音域と連動して通常より高い音が超高という形になる。

②ヒュポボレ........地中に埋められていく表現。音域が超低くなる。

③アンティテトン.....調などの対比で。甦ったなどの時の表現

④アナバシィス......上昇していく音型

⑤カタバシィス......下降していく音型

いわゆる音画

⑥エリプシィス......旋律でも和音でも、予想外の音で表現する

期待はずれなシャープとかフラット

⑦パトフォエイヤ.....旋法や調性の音階以外の半音による強烈なアフェクト

⑧サブスンティオ.....装飾めいて下に下がってから目的の音に行く進行。歌いの工夫が伴う。

⑨テメシィス......言葉が切れ切れに表現されていくこと。

⑩パススドゥリゥスクルス.....半音階で苦痛とか苦しみ、苦悩や嘆きを表す

⑪プロロンガティオ.....不協和音を続けて先に伸ばしていく表現。痛い音を流し続ける。

⚪今日、夢を見た。皆の前でその先生が指揮をして、私も含め多くの人が体育館か野外ステージの様なところでそれを鑑賞している。演奏をしているのは中学生。以外にも農民たちの着物を着ている。その合唱。音といい。スタイルといい。芸術性といい。素晴らしく・・。

    男女おかまいなく音楽に引っ張り込み、音楽(芸術、演劇? )に没頭させるパワーが凄い。ああならせてみたい。あのような演奏をしてみたい。簡単な曲だっていいし、難しい曲だからできるというものではない。難しい曲でも人の心を引き込む事ができる曲もあればできない曲もある🎵。身体からあふれてくる音楽。眼差し。そんな芸術的ものを目指したい✨それに隠されたものは、物凄いものがあるかもしれないが、やってしまうパワーがあるからやはりその人の指揮は『神』と言われるのだろう。観ているもの、聴いているものを引き込んでしまう力🎵そこが音楽なのだろう✨心に迫る芸術とは人生と大きくかかわっている。それはプロであれアマチュアであれ関係ない。生きている人であればいいし、そういう生き方をしていることが大切なのだ。そんな演奏をいつも心がけたい。

    ある日の夢・・・