合唱団で歌うということの意味

私のところへはそれぞれの合唱団の団員から多くの内情が伝わってくる。それも個人的なことの悪口を言われただの、誰かさんが悪口を言うから怖いだの、諸々の話だ。中学生の合唱を教えているときも多くのメンタル的な内情は日常茶飯事だったが、一般の大人はもっとある意味難しい。それはいつも一緒にいないし、じっくり話し合う暇もない😵。ただ、一貫して私が創ってきた合唱はメンタルハーモニー。人の陰口を言ったり、人間としての誠意に欠ける人間は合唱団員にいてはいけない。それを教えてくださったのは八幡小の合唱部を指導したときの先輩である峯弥生先生だ。多くの荒波は内なる心の持ちようにある。いきたい合唱の方向はそんなメンタルの上に成り立つ居心地のいい合唱団。そういう団体は必ず上手にもなる。自戒の面は私も含め誰でもあるのだから、自分で考えていかなくてはいけない大事な事だと思う。特に指導する立場の人やパートリーダー的な存在の人は絶対にやってはならないのは人の悪口。陰口。自分で自分を律していかなくては。と常々思ってはいるが、とても難しいことだ。草間先生から教わった『ブロイラー』の攻撃力の話も自戒の一つ。人間(動物)は他人を攻撃する本能がある。でもそれをしてはならないし、やめる方法がある。それは、誰かがブロイラーの傷着いた傷口を塞いでやること。『そんなこと言ってはいけないよ』と教えてあげること。居心地のいい合唱団は長年かけて自然とそれを乗り越えてきている。安心感の上に合唱は成り立っている。その原点を見失わないこと。